第1回「ヒュームとWE」研究会(2022年9月22日 9:00 – 10:00)

比較WE学グループのイベントとして、第一回「ヒュームとWE」研究会を開催します。18世紀スコットランドの哲学者D.ヒュームの哲学に焦点を当て、「ヒュームにとって「よりよいWE」とは何か」を問う研究会です。

日時:2022年9月22日 9:00 – 10:00
発表者:渡邊一弘(獨協大学)
会場:Zoom

タイトル:懐疑主義とWEの幸福

哲学はわれわれを幸せにするだろうか?この問いはしばしば「哲学の理論やその他の成果物」が社会の幸福増進に寄与するか、という観点から語られる。しかし同時に、その問いは、哲学を「哲学探究」すなわち知的活動のひとつとして捉え、そのような探求に参与することが人々を幸せにしうるか、という観点から定式化することもできる。そして学術活動が民主社会に開かれ専門知と実践知の相互還流が望まれる現代において、これら二つの問い方は不即不離の関係にあるとも言えよう。「幸せのかたちは人それぞれ」ではなく、社会的に理解可能な「幸福」を主題としたとき、さて哲学は、どのようにして幸福につながると言えるだろうか。こうした問いを本発表では、デイヴィッド・ヒュームが『人間本性論』において見出した「真の懐疑主義」なる立場の観点から考察する。懐疑主義が真理への到達可能性を「疑う」のならば、それは人々の幸福に積極的な貢献をしないようにも思われる。しかしヒュームは、「真の懐疑主義」は他でもない「幸福」の観点からこそ擁護され、推奨される立場であると考えていた。『道徳・政治・文学論集』に収められた幸福をめぐる諸エッセイの解釈を軸としつつ、『人間本性論』や『人間知性研究』で論じられた哲学の種類に目を向けることで、なぜそう言えるのかを明らかにしたい。

第1回開催レポート
渡邊 一弘

「ヒュームとWE」研究会の第1回イベントとして開催された本発表には、比較WEグループ研究員や京都大学文学研究科哲学研究室に関係するヒューム研究者をはじめとして、多くの方々から参加があった。今回の発表は、哲学と幸福に関するヒュームの見解をかれのテクストから明らかにするという哲学史研究のやや専門的なアプローチによる内容ではあったが、冒頭の趣旨説明において出口教授がプロジェクト全体のテーマとヒューム哲学とをむすぶ見取図を提示してくださったことも大きな助けとなり、参加者の多様な関心やバックグラウンドを反映した活発な質疑応答が行われた。

今回の発表で取り上げたヒュームの幸福論のうち、Smart WEプロジェクトとの関連でとくに興味深いのは、ヒュームによる幸福の分析がもっぱら一人称的な視点からなされている点である。哲学と幸福との関係を論じようとするとき、三人称的な視点に立つアプローチがまず考えられよう。つまり、根源的真理の追求であるはずの哲学がどう現実社会に波及的効用をもたらし、いかにして人々の幸福増進に貢献するのか、そのメカニズムを俯瞰的に分析するといったものである。しかしヒュームの幸福論は「哲学する私」という一人称的視点から立ち上がる。そこにおいてかれは哲学という病的な危険性をも孕む知的活動を人間的で健全な幸福となんとか折り合わせるべく奮闘し、それらの均衡点として「真の懐疑主義」という立場を見出すのである。それは徹底的な疑いに固執もせず圧倒もされない「とらわれのない」探求の態度であり、そのような仕方でなされる哲学は幸福の観点からこそ擁護されるとヒュームは考えた。

このような発表者の解釈に対し、参加者から多くの示唆的な質問やコメントを得た。いくつかポイントをまとめると:(1)「哲学する私」という視点からなされるヒュームの議論は「哲学しない人」の幸福についてどんな含意を持つのか;(2)ヒュームにとって哲学はプライベートな空間で行なわれる私的な営みのようだが、パブリックな空間で政治的な活動性を伴ってなされるような哲学的思考とは対極にあると考えてよいのか;(3)18世紀の社交界という言論空間の特徴を背景としてヒュームの議論を考えるとよいのではないか;(4)「とらわれのない」気分次第の哲学は迷信や熱狂に走る危険性もあり、それらと「健全」な知的探究との区別が曖昧になってしまうことで、ヒュームの認識論はかなり脆弱なものになってしまうのではないか;(5)「真の懐疑主義」の防御的・リスク回避的姿勢は理解できるが、哲学がもっと積極的に幸福に貢献する可能性もあってしかるべきではないか。;(6)歴史上の哲学者の中には、不幸な人生を送りつつ後世に多大な知的貢献を残した人もいるがが、そのようなケースをヒュームならどのように説明・評価するだろうか。

こうした質問に対し、発表者からはヒュームの情念論や哲学の種類に関する議論から可能な限りの応答を試み、質疑を通してさらなる課題がより一層くっきりと浮かび上がった。それと同時に、今後の「ヒュームとWE」研究会における継続的・発展的議論への期待も高まる機会となった。

参加をご希望の方は、Smart WEプロジェクト事務局(smart-we.office[at]bun.kyoto-u.ac.jp)までご連絡ください。

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